2004・7/23
『こども・親・社会/幸せの中に感じた違和感』

 先日、とある耳鼻科の待合所。

 とても綺麗な若いお母さんと、4〜5歳の男の子が楽しそうに会話していました。
 微笑ましい会話をしていたので、なんとなく周りもニコニコ。

 そのうちにお母さんがお手洗いに立ち、一人残ったボクに、隣のおばあさんが話し掛け、たった今知り合った「その年の差70年?」の二人の会話がスタートしました。
 ボクが手に持ったマンガのキャラクターが会話の中心だったので、おばあさんには、ところどころ理解の出来ない内容だったんですが、それでも、なんとかお互い意味はわかるようで、聞いていても、楽しかった私。

 お母さんが戻ってきても、おばあさんとボクの会話は続き、お母さんは、会話に加わるでも無視するでもなく、時々ボクをニコッと見やりながら聞いています。

 会話は、すぐ側にあった受付からお母さんが会計に呼ばれるまで続きました。

 会計の間、お母さんのすぐ側で待つボク。
 でも会計の終わりかけ、ボクは、スッとお母さんを離れ、出口に向かってすたすた歩いて行ったのです。

 お母さんは、会計をすませ、すぐ近くの席に座ったままのおばあさんに向かって、にこやかに『ありがとうございました』と挨拶をし、5歩ほど先を行く我が子の後を追って出口に向かいました。

 私は、ここにきて、なんだか、すご〜く悲しくなってしまった・・・。

 極端な事を言うようなんだけど、これが今の社会のいけない所だと思ったんです。1対1の付き合いはみんな、なんとか出来るんだよね。でも、社会としては希薄なの。こういう所に原因はある。

 お母さんと男の子の会話は微笑ましかった。おばあさんと男の子の会話も楽しかった。お母さんは、おばあさんにお礼を言った。これらはみんな『1対1』。
 
 でも、お母さんは男の子に、『この方にさようならを言いなさい』と言わなかった。こういう時に、お母さんが子供に一言、『さようならは?』と促す事によって、子供は一瞬にして社会の仕組みの多くを学ぶと思うのに・・・。
 自分がおばあさんに(ママのいない間)少なからず守ってもらっていたこと、お母さんがその事をおばあさんに感謝して「ありがとう」と言ったこと、挨拶をしなかった事を咎められたってことはお婆さんは敬うべき対象であること、ちょっとした時間話しただけでも挨拶は大事だということ・・・。

 おばあさんも、男の子に『バイバイ』とか『さようなら』と言うべく、男の子を見ていたんです。
 でも男の子も、お母さんも振り返ることなく出ていっちゃった・・・。お婆さん、悲しかったと思うんだよなア。私も悲しかったもん。

 皆さん、どう思います?
 私は、この小さな小さな違和感が、大きな大きな事件の元凶だとさえ思います。

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