最近、電車の中でメイクする若者がどうのこうのといった記事やコメントをよく目にしますよね。今朝、私も、地下鉄の中で、目の前の女の人が(27,8?)、眉毛を描き、口紅を塗り、寝てしまったのをみながら、色々考えていました。
まず、ああいう行為に、彼女は、羞恥心を持ってはいないわけです。少なくとも、見た所は。
そこで思った。物の本によると、『人間の「恥ずかしい」という心理は、身にせまる生命の危険を感じるのと関係がある』とか。つまり、もともとは、恥ずかしいと感じるのは無防備な時、つまり身に危険がせまっている時である、ということ。う〜〜ん、あたってるよね。物を食べている時、おトイレ、お風呂など・・・。確かに、無防備な時と、『恥ずかしい』と感じる時は、重なっている。今は、食べていて襲われるなんて事はないけど、生命の神秘。遺伝子の記憶ってやつですか・・・。
それを言うとだよ、メイクをする、なんて行為は、確かに、無防備になる瞬間ではあるが、遺伝子の記憶としては、そんなに恥ずかしい方の部類には入らないんじゃないかと思うんだよね。トイレを覗かれるのと食べてるのを見られるのとじゃ、後者の方が恥ずかしさは断然少ないように、本能的に言えばメイクはもっと恥ずかしくないと思う。(世界のある地域の人は、食事を見られるのが、性行為を見られるより恥ずかしいらしいが・・・)
では、車中のメイクを、恥ずかしい・はしたないと思う人と思わない人がいる、それは何?
私も、長くこの仕事をしていると、人前でやむを得ず口紅を直すのもしょっちゅうだし、一つのメイク室の中で男性と並んでメイクすることもしょっちゅうだから、メイク行為が恥ずかしいなんて意識はまったくない。だから、本能で言えば、電車の中でメイクするのも、全然恥ずかしくないし、はしたないとも思わない。 ただ、学校の先生や親が、『ああいうのはみっともないからやめなさい。』と教えてくれたので、なるべくやらないようにしよう、ただそれだけのこと。だから、お手洗いのドアを閉めるのとは全く違うところで、『電車の中ではメイクはしないようにしましょう』してるだけ。『ナイフとフォークはこのように置きましょう』みたいな感じで。
だからね、今の若い子達が、電車の中で座り込んだりメイクを大っぴらに始めたりしても、彼等の、本能的な羞恥心を求めるのは、もう、時代的に無理なんだと思わなくちゃいけないって考えてたの。本当に、『恥ずかしい』が『無防備』から来るんだったら、これからの時代、何をしてたところで、獣に襲われるような『無防備による危険』に直面することはほとんんどないわけで、ならば、誰かが、犬にお座りを教えるように、『人前のメイクはとにかく駄目なんだ』『電車の床に座るのは恥ずかしいことなんだ』と教えてやらなくちゃいけないんだよ。『恥ずかしいと思わないのかしら・・・?』じゃ、『はい、思いません』で終わっちゃうんだよね。
・・・と、今日、ロケに行く電車の中で考えてました。それにしても、今朝のお姉さん、揺れる電車の中で、よくあんなにもきれいな眉毛が描けるもんです・・・。
P.S. しかし、流行りの下着のようなファッションや、子ギャルの超ミニスカート!!あれだけは、本文中の『これからの時代、何をしてたところで、獣に襲われるような『無防備による危険』に直面することはほとんんどないわけで』の例外!!!『無防備による身に迫る危険』が多すぎるよ!!色々な事件も起きていることだし、遺伝子がダメでも、脳で、頭で、そろそろわかれよ!!平和ボケしてないで、意識的に『恥ずかしい』という意識を持たないと危険が寄ってくるぞ!! ね?