インターネットって便利だよねえ。疑問に思うことがあったりしても、そこをクリックしたら答えが出てきたり、検索かければすぐ関連サイトが見つかったり。その恩恵で、情報が手元にやってくるまで『待つ』とか『我慢する』とかいうのが減りましたよね。
他のメディアがじれったく思えることも多い。例えば、新聞を読んでいる時に、『’95の5月に起きたこの事件で・・・』なんて記事が出てくると、その『この事件』をクリックして、その事件のことを、その時の記事で読みたい、と思う。料理の本を見ていても、わからない材料が出てきたら、クリックして写真が見られたらいいのに、って思う。
最近、本を読んでいて、気付いたんですけどね、小説などで出てくる風景を、『見たい!』って思うんです。昔、本の挿し絵が、グッドタイミングで入っていたりしましたが、それと同じように、気になる風景描写があると、その情景をその場で、写真で、『すぐに見たい!』って思いに駆られる。このままクリックすれば写真が出ればいいのに!!って。今でももう、CD-rom付きの本などあるけど、ネット上の電子書物には、そのうち、文芸作品でも、『挿絵』感覚で写真にリンクが張られる日がくると思う。そうなったら、便利だよね、きっと。『見たい』んだから、見られれば便利でしょう。
でも、天の邪鬼のようですが、私は、イヤだなあ・・・、それ。
前は、『そこに行ってみたい!』だった。高橋治の『風の盆恋歌』を読んだ時は、富山に行きたくて仕方なかった。雪解け水の音が聞きたかったし、深夜に音もなく舞われるという、観光客用じゃない舞いを自分の目で見たいと思った。今のように『写真でもいいからすぐに見たい』じゃなくて『行きたい!』だったんだよね。その時点で、自分の頭の中は、想像した風景でいっぱいだった。
でも、時代変わって、浅田次郎の『鉄道屋』の時には、その駅の写真を見ながら読めたらなあって考えている自分に気付いてビックリしちゃった。想像しながら読んではいるんだけど、『写真が見たい』なんて、発想がいかにもチープだよね。そんなもん見ながら読んでたら、面白くもなんともないぜい!
来年映画化されるでしょう?本当の舞台となった駅で撮影されたとしても、世の中の多くの人が、『想像していた風景と違う・・・』なんてがっかりするに決まってる。もともと、自分の一番いいように、ドラマチックな風景を想像しているんだから。それが、読んでるそばから、目に入ってくれば、そりゃあ、ねえ・・・。
インターネットの便利さにカブレて、何でも安易に『見たい』と思う自分がいるのがイヤだよお。本当にそんな時代が来るか知らないけど、とにかく、挿絵リンク反対!!!あったら絶対見ちゃうもん!それで後悔しちゃうもん!!本は想像力で読もう!!!